イエスの十字架上の死と復活の後、「救世主イエス」「神の子イエス」に対する信仰は、イエスの弟子たちにより展開・確定し、原始教団の信仰の核となっていった[10]、とされる。, それ以来、キリスト教徒にとっては、唯一の神への信仰は同時にイエス・キリストへの信仰となった[10]。キリストを信じることにより罪のゆるしが得られるのであり(使徒行伝 10:43、26:18)[10]、キリストを信じることは救いのための唯一の必要条件である(使徒行伝 4:12、16:31)[10]、とされるようになった。, 3〜5世紀になると、三位一体論とキリスト論の教理が定められ、信仰内容は客観化された。アタナシオス信条として具体化されると、この客観的に表現された事柄を信じることが正統とされ、この信条を受け入れないことは異端とされるようになった[11]。, アウグスティヌスは新プラトン主義に基づいて、神は存在そのものであり、真理と神の認識はひとつであるとした[11]。理性は過ぎ去るものに執着する人間性に基づいたものであるから英知界(mundus intelligibilis)にたどり着けない、信仰に基づく認識のみが真理に到達しうる、とした[11]。また、信仰は神の霊感(inspiratio Dei)であると説いた。また「善を行う神を信頼することによって、よく行動することにとどまる(Credendo adhaerere ad bene operandum bona operanti Dei)」と述べた。これは人間性を回復させるものが愛(アガペー)であることを意味しており、信仰は愛(アガペー)と密接に結びついている[11]とされる。, 宗教改革の旗手となったマルティン・ルターは、パウロ書簡を引用して信仰のみによる救済を説いた。信仰義認は、その後のプロテスタントの根幹となるテーゼの一つとなった[12]。, 「信仰」という表現は、転じて、何らかの対象を絶対のものと信じて疑わない状態のことを指すようにもなっている[16]。例えば以下のようなものごとについて用いられる。, 「1 神仏などを信じてあがめること。また、ある宗教を信じて、その教えを自分のよりどころとすること。」, 「1. 変わった人だねと言わ... 江戸時代に華開いた「元禄文化」。歌舞伎や俳諧など、現代日本に伝わる芸事の基盤ができた時代でもあります。この記事では、特徴や化政文化との違い、代表的な人物と作品などを紹介していきます。あわせておすすめの関連本も紹介するの... 葛飾北斎「蛸と海女」のパロディである「巨大フジ隊員VSキングギドラ」で注目を浴び、その後もエロスとグロテスクが融合した作品で知られる会田誠。日本のみならず海外でも人気を博している現代美術家です。この記事では、そんな彼の... 世界最古の長編小説とも言われる『源氏物語』。光源氏を主人公にして、作者の紫式部は何を描きたかったのでしょうか。ただの平安貴族の恋愛ストーリーだけではない、『源氏物語』を知るための本も合わせて紹介します。, 距離を置いて初めて見えてくる物事の本質、今回は出国前、成田空港の書店で出会った、日本という国が誇らしく思える本をご紹介します。. 沖縄の宗教観を語る上で欠かせないことといえば、先祖崇拝である。 先祖崇拝というと沖縄以外の本土の人にとっても、古来から大切にしてきたという人も多いはずだ。 誰かをすごいなあ、素晴らしいなあなどと思って好きになったり、敬意を持ったりすることってありますよね。, そのほかにも「崇拝する」「傾倒する」など、似たような使い方をする言葉がありますね。, 今回は、「崇拝」「尊敬」「傾倒」の意味と違いは?使い分け方【例文付き】についてご説明いたします!, 「尊敬」は日常的にとてもよく使われている言葉だと思いますので意味はよくわかると思います。, 人を「すごいなあ」と思ってうやまう気持ちになったり、この人についていきたいなあと思ったり、この人のようになりたいなあと思ったり、そのような気持ちを表す言葉ですよね。, ですが多くはある物事に興味を持ったり、ある人に感服したりする、「心を傾ける」という意味で使います。, ですから、「崇拝」は宗教のように人の思想に傾倒して、それを信仰するようにあがめることという意味になります。, 「崇拝」のような、神様のようにあがめる対象ではなく、「尊敬」は自分が目指したい人や見習いたい人に対して使うわけです。, もちろん「崇拝」したり「尊敬」したりする相手だから夢中になるわけですから、他の二つの言葉ととても近い意味ですね。, 憧れたり、たたえたり、敬ったり……といった意味の言葉はほかにもたくさんありますね。, 「傾倒」の対義語は特にありませんが、「夢中になる」という意味ですので何かに飽きたり無関心だったりする意味の言葉が逆の意味にあたるのではないでしょうか。, どれが良いとか悪いとかいうことはありませんが、場面に適した言葉を選んで使い分けることができるといいですね。, 大学卒業後、出版社にて秘書・経理補助などの職種を経験。 退職後は塾講師、高校国語(現代文、古文、漢文) 今回は「『信仰』と『宗教』の違い」について。 世間一般では、聖書は宗教書、つまりキリスト「教」の教典だと思われていますが、それは間違いです。聖書とは、「神の… 信仰は奇跡を起こす(マタイ 17:20、21:21、ルカ 17:6)、とされ、信仰は、神の子、あるいはメシアとして、イエスが神との特別な関係にあると信じること(マルコ 1:24、3:11、15:32、マタイ 8:29、14:33、ルカ 4:41)とされる。 社会人経験や国語の知識を活かし、秘書検定やビジネスマナー、国語などに関するライティングを主に行なっています。. 神道は日本古来の教えです。 「宗教」という語が、組織や制度までも含めて指す包括的な語であるのに対し、「信仰」や「信心」は人(あるいは人々)の意識に焦点をあてた語である。, また、何らかの対象を絶対のものと信じて、疑わないこと[8]を指すこともある。この用法は、日本語では比喩的且つ否定的なニュアンスを持つ修辞として用いられる事が多いが[9]、公的な中国語での「信仰」の概念は、宗教もマルクス主義信仰などの宗教以外の信仰も同等に対象とされ、同じ文脈で語られ得る[9]。, 初期ユダヤ教、旧約聖書においては、信仰の概念は神に対する人間の態度であって、神に対する従順と信頼がテーマとされた (創世記 15:6、イザヤ書 7:9)。初期ユダヤ教において、信仰の典型あるいは最も古典的な例として扱われているのはアブラハムのそれである(創世記 15:6)。, 信仰は「神の民の命の基礎」(イザヤ書 7:9)、とされ、神に対する従順と信頼が真のアブラハムの子孫としての証しであった(シラ 44:19-23)。信仰によって、民は救いと霊魂の不滅が約束されている(知 15:3)、とされた。, 共観福音書においては、「信仰」や「信仰する」という語はギリシャ語でそれぞれ「pistis」「pisteuein」という語で表現されており、これら信仰を表す語は旧約聖書においてよりも頻繁に用いられている。 古典を分かりやすく理解したいという人におすすめなのが、NHKが出している「100分de名著」シリーズ。有名な本をプロが簡単にまとめているので、おすすめできる本がたくさんあります。ここでは、その中の数冊を簡単な解説を交え... 今古典を読もうとすると、昔の言葉遣いが分からずに戸惑ってしまう人も多いのではないでしょうか。そんな悩みを解決するのが、古典の現代語訳シリーズ。ここでは、有名な古典を現代の言葉で説明した良書を5冊紹介。昔の偉人たちの教え... 文学と聞くと、難しいもの、とっつきにくいものという印象はないでしょうか。しかし、ここで紹介する本は、そのような印象が変わるような面白い本ばかり。本の解説を通して、文学的な面白さの精髄を探っていきます。. 開運研究家。京都市在住。歴史・伝説・神話や神社仏閣を研究しその魅力や開運方法を紹介しています。 【ホンシェルジュ】 日本の土着宗教といわれる「神道」。仏教やキリスト教のように外国から入ってきたものではなく、日本古来の民俗宗教です。この記事では、特徴や仏教との違い、「神仏習合」という考え方、死生観や葬式などをわかりやすく解説していきます。 信仰は「神の民の命の基礎」(イザヤ書 7:9)、とされ、神に対する従順と信頼が真のアブラハムの子孫としての証しであった(シラ 44:19-23)。信仰によって、民は救いと霊魂の不滅が約束されている(知 15:3)、とされた。 キリスト教における信仰 柱信仰や精霊信仰などの土俗の信仰が、宗教建築に結びついた例は「柱」に見ることができます。 実際に神社や寺院に使用されている柱は、必要以上に太い巨木なのです。大型の堂宇になると直径が2尺程度のものがざらにあるのです。 茶道というと、難しい決まりのある非日常の芸事だと思われるかもしれません。しかし、そこにある考えは、日常に応用できる面白いものがたくさんあります。ここでは、知識が無くても楽しめる本5冊を紹介。茶の湯を舌でなく、読む事で味... ホンシェルジュはamazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。. 千里眼で当たると評判の占い師の先生21選!口コミも多数掲載! All Rights Reserved. 「普通なんてない」といいながら「平均が気になる」。 本記事では参考書選びのコツや日本史の勉強法について解説します。 受験する大学のレベルに合った参考書も紹介するので、ぜひ参考にしてみてください。. 夏の7月15日を中心に行われるお盆の行事は、祖先の霊をまつる行事を言う。 【ホンシェルジュ】 日本の土着宗教といわれる「神道」。仏教やキリスト教のように外国から入ってきたものではなく、日本古来の民俗宗教です。この記事では、特徴や仏教との違い、「神仏習合」という考え方、死生観や葬式などをわかりやすく解説していきます。 アニミズムの意味 『アニミズム』は[精霊信仰]という意味で、“自然界のすべてに霊魂が宿る”という考え方を指しています。 イギリスの人類学者エドワード・バーネット・タイラー氏による“原始文化(Primitive Culture)”で、原始宗教の特徴を『アニミズム』と表したのが始まりです。 「人の目を気にしない生活」を選んだがゆえに「人の目が異様に気になる」。 『アニミズム』は[精霊信仰]という意味で、“自然界のすべてに霊魂が宿る”という考え方を指しています。 イギリスの人類学者エドワード・バーネット・タイラー氏による“原始文化(Primitive Culture)”で、原始宗教の特徴を『アニミズム』と表したのが始まりです。 アニミズムの対象は、自然の中に存在する物すべてであり、事物も事象も含め、太陽や月や星、水、木、山、川、石、雲、雷、とにかくすべてです。 「聖なるものは自然に宿る」という考え方を元に、世界中で巨石崇拝や山岳信仰などがありますね。 自然の物に宿る目に見えない聖なるものがアニミズムであり、人格神とは真逆のところにあると言っても良いでしょう。 アニミズムは、自然の物のすべてに魂は宿り、生霊や死霊があることを認め、生命の存在をすべての物に認めるということです。 ある意味で非常に原始的な考え方であり、いま生きている者の生き方や死後の世界などに適用して考えられています。, ただし、スイスの心理学者ジャン・ピアジェ氏は、アニミズムを別の意味として捉えています。 幼児期の思考形態では、玩具などの生命を持たない物に命や意思があるかように擬人化して考えることがあります。 その心理を『アニミズム』と呼んだのです。 これは分別のある大人から見た場合[精霊信仰]とは別の概念ですが、やはり命が宿るものとして捉えるという意味では、まだ幼くて理解できない幼児にとっては同様の捉え方なのかもしれませんね。, アニミズムは日本古来からの信仰に見ることができます。 アイヌ民族をご存知でしょうか。 彼らの霊的世界はアニミズムに通ずるものがあります。 生活に使う道具や家、生息する場所など、すべてに神が宿っていると考えています。 狩りでは必ず山や森に祈り、川の水神様に祈り、漁に出ては祈り、風にも雨にも波にも祈りを捧げます。, また、日本では漁業組合が川の解禁日の前に魚の慰霊碑を建て、これまで釣ってきた魚の霊を弔いますし、縫製に携わる人たちは針供養を行い、茶道に関わる人たちは茶筅供養を行います。 ほかにも人形供養など様々な供養が行われますが、それもすべてアニミズムと言えますね。 さらに御神木は心霊の依り代として考えられ、神社にある石にしめ縄が張られている磐座も神の依り代として崇拝されています。, ほかにも挙げればキリがないほど日本にはアニミズムに通じる信仰があり、それはほとんど日本古来から信仰されてきたものです。, 『アニミズム』のほかに、『シャーマニズム』という宗教形態があります。 いずれも古来から続くものですが、この2つにはどんな違いがあるのでしょうか。, 『アニミズム』も『シャーマニズム』も、いずれも自然の精霊を崇拝するものです。 “シャーマン”とは、精霊や神との交流によって神や天からの啓示を伝え、呪術的な儀式形式を行う宗教的な役割を持つ人のことです。 シャーマンは祭祀のときにはトランス状態に入り、意識のない状態で精霊や神と交信をします。 『シャーマニズム』はシャーマンの存在を中心とした宗教形態で、世界中に存在するものだと言えますね。 『アニミズム』の信仰の形態としては、“シャーマン”を介さない自然崇拝を指しています。 ただし、アニミズムの近くにシャーマニズムが存在することはあるでしょう。 この2つは異なるものでありながら、概念としては分けて考えることが難しい関係にあります。, では、『アニミズム』は『自然崇拝』と同様のことなのでしょうか。 一見するとアニミズムを自然崇拝とも受け取ることができるでしょう。 或いは、[アニミズム=自然崇拝]だと思っている人もいるかもしれませんね。 しかしこの2つは異なるものです。 その違いを説明しますね。, ある意味で、『自然崇拝』はアニミズムの原形とも言えるでしょう。 「自然の物、自然現象、自然にあるすべてのものを崇拝し、或いは自然を神化して信仰すること」が自然崇拝です。 しかし自然崇拝の考え方には、「自然の物、自然現象、自然にあるすべてのものには[精霊が宿る]」という趣旨のものは一切ありません。 自然崇拝は、自然そのもの、自然現象そのもの、自然にあるものすべてそのものを崇拝するという考えです。, 一方アニミズムは、「自然の物、自然現象、自然にあるすべてのものには[精霊が宿る]」という考え方を持っていますので、ここに大きな違いがあるということです。 ただし、いずれも自然を崇拝しているという意味では、共通していると言えますね。, ここまで読んで、アニミズムをどう思いましたか? 「自然の物すべてに精霊が宿っている」という一つの[考え方]として捉えることができますね。 しかしアニミズムに関しては、単に一つの考え方として済ませることはできないようです。 「アニミズムは宗教ではないか」「いや、宗教ではない」という議論は長年に渡って行われており、結論に達することは未だできていません。, もしもアニミズムが宗教だと言うならば、これほど広範囲に世界中に広がっている宗教はないでしょう。 そう考えると、もしかしたら世界の宗教のトップかもしれませんね。 さらに長い歴史の中で脈々と受け継がれてきたアニミズムは、人類史上最も古い宗教だということになるのではないでしょうか。, しかし考えてみてください。 世界中に存在する宗教と比較しても、アニミズムがそうした宗教とは意味が異なることが分かるでしょう。 イスラム教、ユダヤ教、キリスト教、仏教。 そうした宗教には、モスクやシナゴーグ、教会、お寺が存在します。 信仰している者は皆、そこへ集まり、祈りを捧げたり拝んだりします。 そういう意味では、アニミズムを宗教として考えるのは難しいのではないでしょうか。, アニミズムは自然と人間の関係性を考える上での世界観であり、無意識の中にその考えを持っていることが多いのではないでしょうか。, LINEトークで人気占い師に鑑定してもらえる「LINEトーク占い」が当たると話題になっています。, 例えば、名古屋の人気占いサロン即應翠蓮の「翠蓮先生」や、広島で2ヶ月の予約待ちになるほど人気のカリスマ占い師「蓮香先生」など、全国の人気占い師に鑑定してもらえます。, 初めて利用する方は、10分間無料で鑑定してもらえますので、一度試してみてはいかがですか?. シャーマンとは? 『シャーマン』は、スピリチュアル的な存在と繋がることができる存在です。 日本では、霊媒師や祈祷師、巫女、呪術師、イタコなどの存在がそうですね。 シャーマンは、人類の誕生とともに存在した職業で、スピリチュアル的な存在と繋がったり、他者を癒すことができます。 動物や自然霊からエネルギー... 【諸縁(ゆかり)先生】“なりかわり”という独自占術で相手の気持ちを正確に伝える占い師!, 翠蓮先生」や、広島で2ヶ月の予約待ちになるほど人気のカリスマ占い師「蓮香先生」など、. 沖縄の宗教観を語る上で欠かせないことといえば、先祖崇拝である。 先祖崇拝というと沖縄以外の本土の人にとっても、古来から大切にしてきたという人も多いはずだ。 祖霊信仰(それいしんこう)もしくは祖先崇拝(そせんすうはい)とは、既に死んだ祖先が、生きている者の生活に影響を与えている、あるいは与えることができる、という信仰である。, 中国、朝鮮、日本など東北アジアのものが特に有名であるが、ズールー人など、世界的にも見られる。中国では祖先崇拝と呼ばれ、清明節などの習慣がある。日本では、学問的には祖先崇拝の名称が用いられているほか、祖霊信仰という名称も用いられている。先進国では、過去に存在しても、一神教などに置き換わられて、超越されている事が、一般的とされる[1][2]。, 日本では社会学分野で「先祖祭祀」の用語が定着している。明治以降1950年代ごろまでは「祖先崇拝」が多く使用された[3]。, 人間がこの世に生まれるのに親、祖父母、曽祖父母などの存在が必要で、これらの自分より前の世代を敬う傾向は世界的に遍く見られるが、それを「先祖」「祖先」「祖霊」として神聖視することは一部の社会における宗教行為である。たとえ生物学的・遺伝的には辿ることができたとしても、精神的・社会的には神聖視されるべき要素を持っていない、としている社会は数多くある[要出典]。, 又、「先祖への神聖視」は、裏返すと「後裔への軽視」や「血縁のない人たちの軽視」という側面を持っている場合がある[要出典]。, 「先祖」を社会的に意味づけする社会においても、生物学的・遺伝的に見て繋がりのある先行者が全て「先祖」と見なされている訳では必ずしもない。特定のタイプ、カテゴリーの人間を「先祖」としている。, 祖先を崇拝する社会において、「先祖」とされる人は、その社会の親族構造と関連性がある。すなわち父系社会においては、父方の生物学的先祖であった人が「先祖」とされるなど、崇拝する側の親族構造・社会制度、「先祖」とされる対象のヒエラルキー・システムに、相関性・関係性があるのである。[4][5][6], 中国の祖先崇拝の文化は儒教が根源になっていると考えられがちだが、儒教思想が広がるかなり前から祖先崇拝の文化は存在した[7]。, 殷の時代には病気や災害は天や祖先の祟りであると考えられており、それを宥めるために祭祀が行われていた[7]。また、殷は強固な父系社会であり、祖先を敬うことは社会秩序の維持のためにも重要であったと考えられている[7]。, 周の時代になると、福は祖先から、災いは天からもたらされると考えられるようになり、子孫の幸福のために祖先を祀るという考え方が生まれた[7]。, このような中国の祖先崇拝の文化は孔子及びその弟子たちが儒教を通して発展させた[7]。孔子の生きた春秋時代は従来の身分秩序が崩壊した時代であり、孔子は緩やかな家父長制に基づく家族関係をもとに社会秩序を再構築することを説いた[7]。儒教はもともと大きな社会勢力ではなかったが、漢の時代になって儒教の経典が公認され、儒家が要職に登用されるようになって中国全土へと普及した[7]。, 中国の祖先崇拝における「祖先」の概念には幾つかの条件があり、先に死去した親族が必ずしも祖先として崇拝されるものではない[8]。まず、祖先となるには死者でなければならないが、夭折した者、未婚の者、横死した者は祖先になれず、悪い行いをせず天寿を全うする必要がある。また、祖先となる者は自分を崇拝してくれる子孫を設ける必要があるが、その子孫は自分と同じ姓の宗族員であり、男子もしくは婦人の地位をもつ女性でなければならないとされている。祖先崇拝の宗教観では、祖先は神明と鬼魂との中間的存在であり、適切な供儀を欠かさなければ一族を栄えさせるが、供儀を怠ると鬼魂へと変化し子孫に悪影響を及ぼすと考えられている[8]。, 祖先の霊を祀り、崇拝する。日本では先祖を「遠津祖」、「祖神」、「ご先祖様」、「ホトケ様」と言い、一般家庭で祖霊社や位牌を仏壇の中央にまつる慣習、お盆や彼岸にこれらの霊をまつる行事が祖霊信仰に属する。, なお、以下は主に日本本土における祖霊信仰について解説するが、奄美・琉球(奄美群島、沖縄県)の地域における祖霊信仰については琉球神道の項を参照のこと。, 死者が出ると、初七日・四十九日と法要を行い供養し(詳しくは中陰を参照)、さらに1年後に一周忌、2年後に三回忌、七回忌と法要を行う。その後、三十三回忌(地域によって差がある。四十九回忌、五十回忌のところもある)を迎えると、「弔い上げ」といって、このような法要を打ち切る。この「弔い上げ」は、生木の葉がついた塔婆を建てたり、位牌を家から寺に納めたり、川に流したりと、地域によって異なる。この「弔い上げ」を終えると、死者の供養は仏教的要素を離れる。それまで死者その人の霊として個性を持っていた霊は、「先祖の霊」という単一の存在に合一される。これが祖霊である。祖霊は、清められた先祖の霊として、家の屋敷内や近くの山などに祀られ、その家を守護し、繁栄をもたらす神として敬われるのである。前述の通り、先祖の霊を「ホトケ様」「カミ様」「ご先祖様」と呼ぶことにはこのような意味がある。, 祖霊信仰は、前述のように、盆や彼岸の行事などの形で日本全国に普通に見られる信仰である。縄文時代から環状列石による祖先崇拝を中心とした祭祀・儀礼が行われていた[9][10]。祖霊信仰のような祖先崇拝は日本を除いては、中国や太平洋地域の一部の限られた場所にしか見ることしかできない。, 夏の7月15日を中心に行われるお盆の行事は、祖先の霊をまつる行事を言う。古くからインドで7月15日を中心に死者の苦悩を払い、死者の霊を慰め供養する盂蘭盆会 (うらぼんえ) の略語であるとされたが、実際に日本におけるお盆の行事は、それまでの日本の祖霊信仰と習合して発生した行事だと考えられている。また、春と夏に行われる彼岸という行事も、元々浄土思想に由来し、西方浄土を希求する中国の念仏行事であったものが、日本仏教において、先祖崇拝の行事になった。このような経緯からも日本における祖霊信仰という土壌を考えることができる。また、先祖の霊を祖霊社(地域によっては総霊社)という社に祀る場合もある。一般の家に神徒壇、神棚や祭壇を設けて、先祖を祀っている場合も多く見られる。, 祖霊信仰に関連する事項として、民俗の両墓制について触れる。両墓制とは、死者が出た時に二つの墓所を作ることである。かつては遺体を埋葬する墓としての、埋め墓(捨て墓)と呼ばれる墓と、自分の家の近くや寺院内に建てる参り墓、詣で墓を作ることがあった。遺体を直接埋葬する埋め墓、捨て墓は、人が近づかない山奥や野末に作られ、埋められた遺体や石塔は時が経つにつれ荒れ果て不明になる。この埋め墓、捨て墓は、そこ自体を死者供養のための墓所としている訳ではないので、永く保存する事を目的としていない。一方の参り墓、詣で墓は家の近くや田畑、寺院など参詣に便利な場所に建てられることが多い。こちらの墓こそが、永く死者供養をすることを目的とした墓所になる。こうして、先祖の霊を居住地の近くに配置し、供養し、家の安泰を願うことも、祖霊信仰のうちの一つと言っていい。また、近世に至ると、直接遺体を葬った場所に墓所を建てることも多くなった。, 祖霊信仰に関連する事項では、やはり墓所について屋敷墓の存在が挙げられる。屋敷墓は、自分の屋敷の中に墓を設けることである。史料や遺構で確認されるのは中世期である。この時代の墓制や葬送習慣についての詳細は、地域や身分階級によって異なるから、一概には言えない面もあるが、屋敷の中に死者を葬る特殊な墓制があるため、屋敷神としての先祖を家の中に祀った祖霊信仰の一種と考えることができる。, 韓国も日本と同じ儒教圏であり、祖霊信仰が根強い。日本の法事に当たる祭祀(チェサ、en:Jesa)がソルラル (旧正月) 、秋夕 (チュソッ) 、曽祖父、祖父、父の忌日に家族が集まって行われる。また、祭祀は普通長男が行う。 ただし、信仰の対象になるのは、自分の直接の祖先のみで、傍系の祖先は信仰の対象にならない。従って、子孫を残さないまま死去したら、無縁仏として扱われる。, Encyclopedia Britannica,15th edition,1994,vol.26,page545,Systems of Religious and Spiritual Belief, p.332『近現代日本の宗教変動 : 実証的宗教社会学の視座から』、問芝志保「穂積陳重の先祖祭祀論」, 渡邉欣雄『漢民族の宗教:社会人類学的研究』 第一書房 1991年、, http://www.jomon.or.jp/2010/12/09/%E7%B8%84%E6%96%87%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%A2%93%E3%81%AE%E5%A4%89%E9%81%B7%E3%81%A8%E7%A5%AD%E3%82%8A-%E8%A6%AA%E6%97%8F-%E5%9C%B0%E5%9F%9F/, http://www.book-stack.com/browsing/aj201104t.pdf, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=祖先崇拝&oldid=77583122.